ネタ記事

劇場版:期間工と塩飴の不思議

※この記事はただの日記を映画レビュー風に書いてみようという謎の思い付きによって構成されています

キカン・コーシです!

あらすじ

三菱岡崎工場で働いている期間工であるキカン・コーシ。物語は職場の休憩所に置かれた見慣れない飴玉から始まる。「塩飴」と呼ばれるそれを見つけるや否や、我先にと持っていく先輩たち。しかしキカン・コーシという男はもともと塩飴や塩スイーツが大嫌いであった。だがあまりにもおいしそうに飴を食べ始める先輩たちの姿を見て、一つだけ、食べてみることにした。

ストーリー

※以下ネタバレを含みます

塩スイーツ、調味料としての塩、料理やお菓子の塩味。主人公であるキカン・コーシはこれらのものを好まない人生を送っていました。しかし何故かこの塩飴というものにハマってしまい、ついには「熱中症対策です!」という口実で仕事中もずっと飴をなめるようになってしまうのです。

またキカン・コーシの塩飴への情熱はとどまることを知らず、ハマりすぎて社員さんの許可を得て家に持ち帰ってしまいます。

しかしなぜでしょう、家で食べる塩飴は全然おいしく感じません。キカン・コーシが塩を嫌っている原因である喉の奥に残るとげとげしさだけが不快感として脳に刻まれました。

感想

この物語が私に教えてくれた教訓は二つでした。

一つは、挑戦することの重要性です。周りにそそのかされたとはいえ、主人公は20年以上も嫌っていたものへの挑戦により新しい世界を見出すことに成功しました。この物語の主軸にあるのは小さな出来事(まるで飴玉のように)ですが、人生に起こるあらゆる出来事へ通ずるものでしょう。「苦手だから」「嫌いだから」それは世界への視野を狭めてしまうのです。

もう一つは、過ぎたるは猶及ばざるが如しということ。主人公はあまりにも塩飴の魅力に取りつかれてしまったがために、必要がない休日にも塩飴を食べてしまいます。しかし塩飴がおいしいのは「汗をかくことによる塩分の不足」「仕事中にお菓子を食べるという背徳感」の二つが原因だと気づきました。好きな時に好きなものを食べることのできる休日において、塩飴なんてただの塩辛い塊です。例えば私の人生において何か大切なものや考えがあるとしても、それをすべてにおいて当てはめるのは必ずしも正しいとは限らない。適材適所、臨機応変。その重要さを学びました。

塩飴が良いものか、悪い物か。この物語が伝えたいメッセージはそこにはありません。自分の人生における”塩飴”がなんなのか。あなたの”塩飴”とどう向き合っていくのか。人生には楽しいことも悲しいこともあります。甘くも辛い人生(塩飴のように)ですが、多角的にとらえる必要性があるのでしょう。

山頂の塩むすび工場の塩飴とはよく言ったものです。

まとめ

私は今日も塩飴をなめる

キカン・コーシでした!

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